2010年5月13日木曜日

私が私であるうちに

17年一緒に暮したペットを亡くされたお客様が、

「老衰だったし、やれることはやってあげられたと思っているので後悔や悲しさはない」という言葉の後に、「でも手が淋しい・・・」と言われた言葉が頭に残りました。

淋しい想いは、愛しい想いなのだと思います。心の暖かさを感じました。

触れることができないことが淋しい・・・

触れることのできない淋しさ・・・

「触れる」ということは、体がなくてはできないこと。

「触れる」「触れられる」ことで、人は様々なことを感じます。

「感じる」ということは、生きていることそのもの。

私たちは、一つのエネルギー体から、私を感じるために個になり、体という物質にのってここに存在しています。


この体のあるうちに、

大切な人ともっと触れあおう

そして、もっと声を聴き、言葉を交わし、見つめあおう

そして、もっと沢山の人や物と、今を感じあおう

今しかできないことだから・・・

魂になってはできないことだから。。。

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